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奈良地方裁判所 昭和56年(む)142号 決定

主文

奈良地方検察庁検察官平田健喜が昭和五六年七月二九日申立人に対してなした、奈良地方検察庁で同検察官より接見指定書を受取り、これを持参して奈良警察署係官もしくは奈良少年刑務所係官に交付しない限り、申立人と被疑者らとの接見を拒否するとの処分を取消す。

理由

一  本件準抗告の申立の趣旨及び理由は別紙「準抗告申立書」記載のとおりであり、これに対する検察官の意見は別紙「意見書」記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

二  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、以下の事実を認めることができる。

①  被疑者Aは頭書罪名により、昭和五六年七月二三日勾留(接見等禁止決定付)され、代用監獄たる奈良警察署留置場に留置されたもの、同Bは、同日、頭書罪名により勾留(接見等禁止決定付)され、奈良少年刑務所拘置監に拘置されたものであり、申立人らは右両名の弁護人となろうとするものである。

②  担当検察官平田健喜は、被疑者両名が勾留された前同日、各監獄(代用監獄も含む)の長に対し、別紙「接見等に関する指定書」の謄本を送付し、捜査のため必要があるので右の者と、弁護人又は選任することができる者の依頼により弁護人になろうとする者との接見又は書類もしくは物の授受に関し、その日時、場所及び時間を別に発すべき指定書のとおり指定する旨のいわゆる一般的指定を行なった。

③  申立人弁護士相良博美は、同月二八日午後三時ころ、直接奈良少年刑務所を訪れ、被疑者Bとの接見を求めたが、担当当係官から「主任検察官からの了解がなければ会わせられない。」と告げられ、接見を拒否されたため、同弁護士は同日奈良地方検察庁へ赴き、検察官との面会を求めた。しかし平田主任検察官は出張中であったため、同弁護士は翌二九日、同検察官に対し、被疑者両名に対する接見禁止の理由を訪ね、一般的指定に対する違法性を主張して即時接見の申入をしたところ、同検事は接見を希望するなら接見指定をするから検察庁へ指定書をとりに来られたい旨を述べ、かつ右指定書を持参しない限り接見はできない旨暗に表示した。

④  同弁護士は、右運用に対し疑問を持っていたため、その後右指定書を取りに行かず、そのため未だ被疑者両名との接見をなしていない。

⑤  なお、奈良地方検察庁においては、検察官において具体的指定の必要性があると判断した特定の事件については、前記のとおり、代用監獄の長に対し、具体的指定書の持参なき限り接見させてはならない旨の一般的指定書を発し、具体的な捜査の必要性の有無如何にかかわらず、右形式の履践がないこと自体をもって原則として接見を禁止しうるに至っており、このため弁護人は、このような事件の被疑者と接見するためには必ず検察庁に赴き、主任検察官から具体的指定書を受領し、これを持参、交付するのが常識となっている。

2  ところで、刑事訴訟法三九条三項の、検察官等による接見に関する指定処分は、具体的な捜査の必要性から、本来自由な接見交通を例外として時間的、場所的に調節するための規定であるから、捜査の必要性が存在することは右指定権行使の必須の前提要件というべきであり、右必要性もただ単に一般的、抽象的に捜査のため必要である、というだけでは足らず、現に被疑者を取調中であるとか、現に実況見分、検証に立会中である等、接見を認めることによって継続中の捜査が中断され、その支障が著しいような場合に限るものと解される。

従って、法三九条三項の指定権を行使する検察官としては、右指定権行使を正当とする事由につき弁護人に説明し、これを疎明すべき負担を負うべきであり、これを尽してはじめて接見の日時、場所を指定することができるものと解される。従って、そのような指定権行使の前提要件を全く捨象し、具体的な捜査の必要性の有無如何にかかわらず、一般的指定(書)によって、接見を一律に禁止したうえ、具体的指定書を持参しない限り、右接見禁止を解除しないという運用は、これによって斉らされる利益(接見に関する過誤、紛争を防止し、接見手続の明確化、確実化をはかることなど)をいかに重視しても本来自由であるべき接見に不当な制限を加えるもので、原則と例外を逆転し、手段と目的を取りちがえる違法をおかすものというべきであって到底適法視することはできない。

3  これを本件についてみるに、別紙のような一般的指定書が発せられ、右文言による限り、具体的な捜査の必要性の有無如何にかかわらず、一律に接見を禁止しているものと解さざるを得ないこと、監獄の係員が接見を許すことができるのは、具体的指定書を持参した者に対してだけであり、検察官自身現に「接見を希望するのであれば指定書をとりに来庁されたい。」旨発言し、右接見には具体的指定書が不可欠である旨暗に表示していること、このため右具体的指定書を入手・持参するための事実上の負担が一方的に弁護人に課せられることとなるほか、そのような運用を通じ、接見の制限という事実上の効果ないし現象が招来されていることを認めることができる。なるほど、法三九条三項の指定権行使の方法ないし方式について、法は何らの定めをしていないのであるから、これをいかなる形で実現・運用するかに関しては一応検察官の裁量に委ねられているものということができる。しかしながら指定権行使方法の選択及び制限が、結果的に接見に対する法意を没却するような場合には、右方法の選択及びその制限は裁量権を逸脱したものというべきであって違法との評価を免れない。

4  なお、検察官は、弁護士は七月二九日、電話で一般指定の違法を論ずるに終始し、本件においては具体的接見の申入がなされてはいないこと及び検察官が具体的指定及び接見拒否を何らなしてはいないことを各主張するが、前者については、弁護士が七月二八日少年刑務所を訪れて被疑者との接見を求め、また検察官との面会を求めて奈良地方検察庁へ赴いている事実に照せば、仮に検察官主張どおり具体的接見を口にしなかったとしても、電話での同弁護士の発言の趣旨は「即時かつ自由な接見を求める」ことにあったものというべきであり、また後者の点については、前記のとおり一般的指定書が発せられ、具体的指定書の持参がなされない限り接見が不能であるような体制がとられていたこと、検察官自身も指定の方法が指定書の形式のみによってなされる旨暗にほのめかし、口頭での指定等に出ていないことなどの事実からすれば、これを全体としてみる限り、具体的指定書を取りに来なければ接見は行なえない、とする接見拒否がなされたものと評価することができ、右評価は弁護人の来庁時において具体的指定書を交付する意思があったとの一事によって左右されない。

以上のとおり、検察官の行為は、全体としてみれば、一律に接見を禁止したうえ、右禁止の解除のためには、具体的指定書の受取と持参を画一的に要求したものであり、これによらない限り事実上接見を許さないとした拒否処分であり、検察官に与えられた指定権行使の裁量権を逸脱した違法があるものというべきである。

三  なお、本件準抗告申立後の昭和五六年七月三〇日、被疑者両名につき頭書罪名による公訴の提起がなされた事実が認められ、右事態によって本件申立の利益が失なわれるに至るのではないかの点につき若干の疑義がないではないが、準抗告審の判断内容は、第一次的には原処分の適否、当否であり、処分取消によって斉らされる利益(本件でいえば被疑者との接見)は本件申立の主たる利益ではあるがこれは処分取消による反射的効果であるとも解しうること、本件処分取消の如何にかかわらず斉らされる自由な接見は、直接には公訴提起の効果にすぎず、今後自由に接見できるようになったとの一事によって、本件違法な処分(ないしその効果としての接見不能)自体が消滅に帰するわけではなく、右違法は違法として宣言すべきであること等の事情にてらせば、未だ公訴提起により、本件申立の利益がすべて失われたものと断ずることはできない。

四  以上の次第で申立人の申立は理由があるからこれを認容することとし刑訴法四三二条、四二六条二項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 三代川俊一郎)

〈以下省略〉

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